~ 裁判・・・結審 ~
- 裁判について
この日2回目の公判が行われ、結審されました。 検事、私共遺族側は共に、被告人の過失の重大さ、事故後の全く反省のない、極めて不誠実な態度から、いかに我々が傷つけられたかを訴え実刑を望みました。 被告人には刑務所に入ってもらい、自分の犯した罪の重大さをしっかり理解し、反省をしてもらいたい。 そして一生か...
交通事故によって16歳の若さで亡くなった
小林秀輔を偲んで
この日2回目の公判が行われ、結審されました。 検事、私共遺族側は共に、被告人の過失の重大さ、事故後の全く反省のない、極めて不誠実な態度から、いかに我々が傷つけられたかを訴え実刑を望みました。 被告人には刑務所に入ってもらい、自分の犯した罪の重大さをしっかり理解し、反省をしてもらいたい。 そして一生か...
9月25日 裁判。 県内で初となる被害者参加制度を利用した裁判でした。 マスコミ関係者や、友人、知人、今回の事故に興味を持って下さった方々が、 1時間以上も並び傍聴券を求めてくれました。 事故から9ヶ月たって、初めて加害者の顔を裁判の席で見ました。 この男が、私の大切な秀輔を奪った!と思うと憎しみがこみ上げ...
7月23日 加害者が起訴されました。 度重なる加害者の反省のない不誠実な態度に私ども家族は憔悴していました。 これで、公の場で裁いて貰うことが出来る!! 8月20日 被害者参加制度の許可がおりました。 秀輔の無念を直接加害者に訴えることができるのです。 あの事故以来の初めての朗報でした。 事故の真実は? 死亡事...
7月23日加害者が起訴されました。 それを受けて、長野地方裁判所諏訪支部へ被害者参加制度を利用したい旨の上申書を提出しました。 事故から半年以上が過ぎ、納得のいく謝罪も受けられず、私達遺族はただ辛く悲しく、寂しい思いをかみ締めていました。 被告人がどんな思いでこの7ヶ月を過ごして来たのか。 反省の気持ち...
事故後2ヶ月経ってもまだ加害者が起訴されていない現実に私はいてもたってもいられず、 2009年3月 長野地方検察庁諏訪支部に起訴し、公判請求をしてもらいたい旨の上申書を提出しました。 そして、その中で被害者の父親として被害者参加制度を利用したいと。 当然、いろいろな葛藤がありました。 秀輔がいない寂しさを、...
諏訪市の山田市長から県警に点滅信号機設置の要望書が提出されました。 私共が提出した上申書が波紋を呼び、道路整備に漕ぎ付けたことは大変ありがたく、 嬉しく思います。 その反面、事故が起こる前に、 住民から危険と要請が出ている時に何故対応してくれなかったのか・・・ 事故は起きてしまってからでは遅いのです。...
新聞に道路が整備された記事が掲載されていました。 秀輔の事故からほぼ4ヶ月たってのことでした。 路面に描かれた大きな"止まれ" 今回の整備はまだ1部分にすぎません。 事業費は約100万円・・・ もっと早く、前回の事故の後に対応していてくれれば・・・ 100万円の代償はとても大きく、 行政の責任は重大であると思いま...
3月24日 諏訪市から回答がありました。 交差点内の整備 路面の表示 カーブミラーの設置 信号機の設置・・・ 2度と痛ましい交通事故が起きなければ・・・と願ってやみません。 住民の安全と安心を守ることが行政の最大の役割であると思います。 この事故を真摯に受け止め、今後も同様の事故が絶対起きないよう、市内全て...
2月26日 2度と同じような悲しい事故が起きないように諏訪市に「上申書」を提出しました。 上申書(原文) 私共は、昨年末交通事故で死亡した小林秀輔の両親です。 秀輔は、長野県立諏訪清陵高等学校の1年生でしたが、平成20年12月28日午後3時20分頃、諏訪市高島4丁目2695番地付近の交差点を、自転車にて諏...
秀輔が亡くなった交差点は以前から事故の多い交差点でした。 3年前にも、自動車と二輪車の死亡事故がありました。 接触事故も多く、この道を通学路にしている小、中学校の子供は車におびえながら歩いていました。 運転者に徐行を喚起する表示も信号もありません。 諏訪市が3年前死亡事故が起きていた時に、改善してくれ...
事故後、行政処分聴聞会が終わるまで、私達家族は、加害者の心からの謝罪、 交通事故への反省を受けることはありませんでした。 被害者遺族として、こんなに理不尽なことはありません。 私達は本当は心からの謝罪が欲しかっただけなのです。 しかし、私達の意に反して、加害者は自己弁護を繰り返し、 事故を反省すること...
3年間野球部に所属。副キャプテンとして後輩に慕われる。 また、社会教育で「下諏訪第3野球部」に所属。キャプテンを勤める 中学2年まで空手 聖道流空手 2段の腕前 ピアノの発表会ではショパンの「軍隊ポロネーズ」を披露した
事故後、1時間程たって、事故の連絡が入りました。 「秀輔が事故に遭った、すぐに病院へ行くように・・・」 つい今しがた秀輔と別れたばかりなのに、秀輔が事故? 信じられない、何かの間違いではないのか? 大したことなければいいが・・・・ 頭の中ではいろいろ思いが巡りました。 とにかく秀輔のもとへ! 逸る気持ち...
暮れも押し迫った12月28日 その日は寒いけれどよく晴れていました。 私は息子、秀輔と久しぶりに水入らずの昼食を取り、将来の夢などを語り楽しい一時を過ごしていました。 いつもと同じように、「ちょっと友達の家に言ってくる」そう言って秀輔は外出しました。 それから、1時間後。 大事な我家の一人息子、秀輔は、諏...
2008年12月28日 午後3時20分 諏訪市高島4丁目の信号のない交差点で事故は起きました。 今回の事故は残念ながら目撃者がいません。 加害者の証言のみで事故が処理されてしまいそうです。 私は秀輔の慎重な性格、ルールをやぶることがきらいな性格から、この事故の責任はすべて加害者にあると思っています。 加害者が真実...
秀輔が逝ってしまってから、しばらく私達家族は、寂しさと切なさで胸が張り裂けるような日々でした。 深い悲しみの中で行ったお通夜・・・加害者は来ませんでした。 火葬のための出棺間際、突然加害者は電話で「線香をあげにいきたい」と言ってきました。 悲しみの中で、息子と最後の別れをしている時に。 あまりの無神...
秀輔が高校時代のほとんどを費やしたボート 今そのボートに秀輔はいません。 秀輔の好きだったGreeeeenの曲 「きせき」 こぶくろの「君という名の翼」 16才で逝ってしまった秀輔 今、湖には、秀輔の思いを乗せ、"つばさ16","きせき16"という名のボートが 秀輔の青春を共にした、仲間とインターハイ目指して練習に励...
2008年4月 長野県諏訪清陵高等学校に入学 長年続けた野球からボートに勤しむ 高校の部活では1番厳しいといわれていた伝統ある端艇部に入部 インターハイ目指して、朝練、夕練と精力的に励んでいた